大判例

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東京高等裁判所 昭和47年(う)894号 判決

被告人 森江平

〔抄 録〕

所論は、原判決は「被告人はヽヽヽヽヽ自動車運転者として、速度制限に従うは勿論ハンドルを確実に操作しハンドルを取られないようにして事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務がある」旨判示し、被告人に対し(1)制限速度を遵守すべききであったこと、(2)ハンドルを確実に操作してハンドルを取られぬようにして事故の発生を未然に防止すべきであったこと、の二つの注意義務を認め、他方において、右判示に引続き、「漫然時速約七〇キロメートルで進行したため、折から対向してきた普通乗用車の前照灯の強い光に眩惑され、一瞬前方注視が困難に陥り急停車しようとして強くブレーキを踏んだため、ハンドル操作の自由を失い中央線をこえて反対車線に進入しヽヽヽヽヽ」と判示し、被告人の過失として(イ)漫然時速約七〇キロメートルで進行したこと、(ロ)急停車しようとして強くブレーキを踏んだことの二点を認めているが、交通事故においては、その結果発生までの経過には、数個の不注意ないしは規則等の不遵守が認められる場合でも、結果に結びつく法律上の過失は(従ってその前提となる注意義務も)一個であり、しかも事故にもっとも接着したものが過失であって、他は経過としての事情と理解すべきであるから、本件においても、仮に被告人の過失が認められるとすれば、それは一個でなければならないのに、原判決が、右のように二個の過失(二個の注意義務)を認定したのは、被告人に対し如何なる過失を認定したのか不明であり、判決の理由に不備があると主張する。

しかしながら、刑法二一一条前段は「業務上必要ナル注意ヲ怠リ因テ人ヲ死傷ニ致シタル者ハ云々」と規定しており、交通事故において、犯人が二個以上の注意義務を怠り死傷の結果を発生せしめた場合、その結果発生に対し相当性のある不注意が一個でなければならないと解すべきき理由はないというべきである。本件において、原判決は所論引用のとおり判示しており、その措辞適切を欠くところがあるけれども、これを原判決掲記の証拠と対応してみれば、その趣旨とするところは、被告人は原判示道路を運転進行するに際し、制限速度を遵守するは勿論ハンドル操作の自由を失って中央線をこえ対向車線に進入するような運転をしないようにし、以って事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、漫然時速約七〇キロメートルの高速度で運転し、対向車の前照灯の強い光に眩惑され一瞬前方注視が困難に陥り急停車しようとして強くブレーキを踏んだため、ハンドル操作の自由を失い中央線をこえて反対車線に進入した過失により、被害車両と衝突し原判示死傷の結果を生ぜしめたこと、すなわち、被告人が制限速度を超える毎時約七〇キロメートルの高速度で進行した不注意と、急停車しようとして強くブレーキを踏んだ不注意とが相重って、ハンドル操作の自由を失い中央線をこえ対向車線に進入したことの全体を過失であると認定したものと解される。それ故、原判決が被告人に対し如何なる過失を認定したか不明で、判決の理由に不満があるとの所論は、採用できない。

(井波 足立 丸山)

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